(10) さようなら ハカス共和国





ホテル前でBROMPTONを折畳んでいると、ホテル前にいたロシア人の若い作業員たちに声をかけられた。

言葉が全然判らないので、適当に流すしかない。

『やはり、G翻訳などをアテにせず、少しはロシア語覚えてくるべきだった』

そう思いながら部屋に戻ってシャワーを浴びる。

さあ、これから夕食だけど、日中、街なかを走り回って思うに、

街なかのレストランで、ロシア語を解さない僕が食事をするのは非常に困難と思われた。

どこがレストランなのかもよく判らないし、下手に店入ってもドレスコードやらマナーやらで混乱するかも。

G翻訳と英語で乗り切ろうと横着したツケは、こういうところで払わされた。

『ホテルのレストランにしておこう』









●ホテルのレストランでディナー


ロシア語で書かれたメニューをパラパラとめくりながら・・・

KOU:「ハカス共和国の名物料理は何かしら?」

ウェイトレス:「???」

やっぱり通じないのか・・・でも、もしかしたら、願いは通じるかも知れない。

今まで国内外で出会った中で最も無愛想な感じのウェイトレスに二言三言英語で話しかけたところ、

彼女はぶすっとした表情でメニューを持ち、奥に引っ込んでしまった。

『なんて無愛想なんだ』と驚いていると、厨房と思しきほうから何やら色々声が聞こえてくる。

なんか、英語を話せる人間を呼ぼうとして努力しているみたい。

フロントにいたおばさんも非番でいない為か、混乱してしまっている模様。

慌てて、彼女を呼びだして、『申し訳ない、ロシア語のメニューで選ぶから』という様なゼスチュアをしたら、

彼女は一瞬ホッとした様な表情を浮かべた後、またぶすっとした表情でメニューを持ってきてくれた。

その表情が、彼女のデフォルトらしい。なんか、もったいない。






さて・・・どうしよう。

ロシア料理としてはボルシチやピロシキやビーフストロガノフなどが有名なんだけど、

事前に調べてきたところでは、それらはウクライナなど東欧エリアの食べ物であって、

シベリアの食べ物ではないらしかったんだよなあ。

モスクワで食べられるものはこれからも食べる機会ありそうだし、

出来れば、二度と来ないであろうこのあたりの土地ならではの料理を食べておきたいところ。

つまり、見慣れたロシア料理でなさそうなモノこそ、このあたりならではの食事・・・かしら?

幸いにして、メニューには料理の写真がついているので、それを見て僕でも選べる。

『うーん・・・』

結局、僕が選んだのは


①チキンと何かの麺が入ったふしぎなスープ
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上質のチキンが入ったあっさりスープの中に、小麦ベースの麺状のものが入っているスープ。

気のせいかも知れないけど、ちょっと中華っぽい雰囲気も漂っていて、

中央アジアに位置するこの地方ならではの料理・・・に見える。














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ひと口すすってみると・・・

おお、上品なお味。

鶏肉のダシと、岩塩のミネラル分で味を調整しているのかしら。

そう言えば、この地域は上質の岩塩を産出する土地柄らしい。

黒パンとも相性がいいね。

美味しい。

モグモグ。













②羊肉?(もしかしたら山羊肉?)のステーキ
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ハカシアンはもともと遊牧民族だったらしいので、シンプルなこの料理は、おそらくはこの地域の伝統食の筈。

ラムではなくマトンっぽい。そんな匂いがふんわり漂ってくる。でも、そんなに強い匂いではない。

この匂いがダメな人は結構多いけど、小さい頃からジンギスカン焼き食べてきた僕は、なんともない。













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ステーキはサクッとナイフが通る。

この写真を後輩に見せたら「薄っ!!」とか「値段いくらですか?」とか、そういう事しか言ってこなかった。

僕は分厚いステーキを食べたいのではなく、その土地の文化を味わいたいのだけど、理解してもらえない。
















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サワークリームソースを付けて頂く。

パク、モグモグモグ・・・(*v.v)。。

おお、このサワークリーム、『ワサビ』の味がする!ワサビと似たようなミント使ってるんだろうけど、驚いた。

ザクッとした確かな歯ごたえ。やっぱり、マトンか。

なんと、素朴な味わい。じゅわっとあふれてくる肉汁もなく、むしろ、油を飛ばした感じ。

こんな、あっさりしている、しかも薄味のマトンは初めて食べた。

なるほど、こういう食べ方ならば、毎日食べてもカラダに悪くないかもだ。

スープにしても、ステーキにしても、そういえばあのハンバーガーにしても、普段日本で食べているものよりも

明らかに薄味だなあと感じる。
















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料理のルーツや内容が判れば、より満足度高いんでしょうけど、僕がロシア語出来ないから仕方ないか!

ごちそうさまでした\(^0^)/














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21時も半ば、アバカンは夕暮れの時間を迎える。

明朝になれば、まる2日足らずの滞在時間で色々な体験をしたハカス共和国とも、お別れ。













●さようならハカス共和国、さようならアバカン
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翌朝、トーマスはきっちり迎えにきてくれて、6時過ぎにはホテルをチェックアウトして空港に向かう。

トーマス:「KOU、昨日はアバカン市内をマイ自転車で廻ったそうじゃないか。どうだった?」

KOU:「予想以上に綺麗で清潔な街だったよ。日本もよくそう言われるけれど、こっちの方が綺麗かも知れない」















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トーマス:「快適だったか?」

KOU:「ああ。とても涼しいし、人も親切だし、色々驚かされたよ」

オリンピックを機に『おもてなし』という言葉が色々持ちあげられる日本だけど、

『おもてなし』ってなんなんだろう、そんな事が、ふと、頭に浮かんだりする。
















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物価は日本と変わりないのに、なんであんなにのんびり働いてられるのか、

人口15万人の発展中の町なのに、どうしてここまで大資本や外資の進出が少ないのか、

きっと多民族の国だと思うけれど、仲良く暮らしているのか、子供たちの進路ってどういう風なのか、

自然環境の保全ってどうなのかとか、今思えば色々訊いておけばよかったなあと思うのだけど、

この時はただ、じいちゃんという存在が僕をこの町につないだんだなあという事を考えながら、

車窓の景色をず~っと眺めていた。












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アバカン国際空港に到着。

トーマス:「おい、お前は荷物を持つな。俺たちに任せろ」

KOU:「いいよ、軽いから」

トーマス:「ガイドに金払って自分で荷物持つバカがどこにいるんだ。いいから、よこせ」

・・・「いいよ」って言うのに、トーマスと運転手のセルゲイが荷物を持ってくれるので、とてもラクチン。















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2人が荷物を持ってくれているので両手フリー。

ふら~と歩いて古いターミナルビルをパチリ。

ちょっと昔のアバカン関連の記事を見ると、この建物が登場しているケースが多いんだよね。
















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空港の中はなかなか賑わっている。

僕が乗るモスクワ行きの便以外にも、ノボシビルスクやらクラスノヤルスクに飛ぶ便があるみたい。

また、一応、国際空港であり、タイなどと直行便を結んでいる模様。

僕は預け入れ荷物を①スーツケース、②BROMPTONと2つ持っていて、ここで預ける事になる。

このうち、国内線区間は1つは有料になり、5,000円ちょっとの追加料金が発生する。

成田からこっちに来る時もそうだったので、当然、僕はそれを理解しているのだけれど、

ガイドとして僕に代わって窓口に行ってくれたトーマスはそれを理解していないようで、

航空会社の窓口の人と交渉してくれたが・・・当然ながら、交渉は不調に終わった模様。

トーマス:「信じられないぞKOU、手荷物の料金が追加で2,500ルーブルもかかるらしい。大丈夫か?」

KOU:「ああ、国内線の方だよね。来る時も支払ったし、問題無いよ」

市内では現金を使っていたが、手持ちが少なくなってきていたので、ここはカードで決済。

トーマス:「まったく、空港職員はお役所仕事で全然融通が効かないんだな。呆れたよ」

トーマスは肩をすくめて苦笑いしていた。














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セルゲイがコーヒーを買いに行っている間、トーマスに渡したいものがあった。

KOU:「相場がよく判らないんだが、君らの2日分のチップを渡したいんだ。受け取ってもらえんか?」

どうせ日本に持ち帰っても両替手数料で大半が消えてしまうので、手持ちの紙幣3,000ルーブル差しだすと

トーマス:「多すぎるよ。こんなに払うヤツがどこにいるんだ。これで十分だ」

そう言って、2,000ルーブル返してきました。

トーマス:「これでも多いくらいだ。セルゲイと分けさせてもらうよ」

KOU:「そうか。日本にはチップの習慣がなくて、外国に行くといつも戸惑うよ」

トーマス:「ロシアにもチップの習慣は無いんだ。外国人が旅行に来る様になって、チップをもらう事は増えたけど

   俺たちは別にチップを期待はしていないんだよ。

   むしろ、そのお金は、もっと旅を楽しむために使ってほしいと考える。

   それが、一般的なロシア人の考え方だ」

なんか、日本人に近い感覚の様に思うけれど、そこまでハッキリ言える人がどれだけいるだろうか?

KOU:「じゃあ、これを受け取ってもらえんか?」

僕は財布の中から日本円の1000円札を取り出してトーマスに差しだす。

トーマス:「わぁ」

息を飲むようにした彼は、手に取ってじっくりと眺めていた。明らかに、1000円札に見とれている様子。

じっくり見たり、天井の明りで透かしを見たりしている。

外国人にとって日本の紙幣は芸術品に見えるらしいという話を聞いた事があったけど、事実かも。

トーマス:「初めて見たよ。すごいお札だね!」

・・・と、恍惚の表情で言う。

KOU:「1,000円札っていうんだ。他に、2,000円札と5,000円札と10,000円札があるよ。

   今、1000円札しか持ってないけど」

トーマス:「この人は日本の元首かい?それとも、歴史上の偉人?」

KOU:「ええと・・・野口英世という医学博士だね。黄熱病の研究者。日本の紙幣に登場するのは大体文化人さ」

トーマス:「裏面には桜と、この山は?」

KOU:「富士山っていうんだ。今は世界遺産になった」

トーマス:「・・・これ、本当に、もらってもいいのかい?」

KOU:「勿論だとも」

トーマス:「ありがとう、大切にするよ!!」

彼は感激した様子。お世辞とか演技ではなさそう。

こんなに喜んでもらえるとは。










セルゲイが買ってきてくれたコーヒーを飲んだら、お別れだ。

こういう、ちょこちょこした出費も、全部、ガイドチームが持ってくれたんだよなあ。

こっちが出して当然みたいな感覚があるんだけど、払うって言っても断ってくるんだよね。

改めて思う。

『おもてなし』って、本当に、今の日本が自信を持って世界中に発信していい事なんだろうか?

トーマス:「道中、気をつけてな。君や、君の家族の幸せを心から願っているよ」

KOU:「ありがとう。君も、子供さんと奥さんを大事に」

言葉が通じないセルゲイとも『笑顔』にて会話して、2人と握手してお別れ。

2人はボディチェックが終わって僕の姿が出発ゲートに消えるまで見送ってくれた。

いやあ、本当に、気持ちの良いガイドチームだった。












(国内線ゲート待合室)
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あれ?随分、時代がかったスペースだな

待合室は、旧ターミナルの中っぽい。

まあ、僕は清潔でさえあれば、年代は古いものが好きな懐古主義的なところがあるので、

こういうのは大歓迎だけど。
















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待合室には小さなおみやげ屋さんが。

モスクワで買い物するつもりは全くなく、ここで残りのお金の大部分を使うつもりで買い物しよう。

ここを出たら二度と買えなそうなもので、面白いもの・・・『シャーマンの太鼓』はここで買った。

あと、それ以外のちょっとした雑貨も。















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買い物しながらのんびり待っていると、徐々に旅客も増えてきて、やがて搭乗時間に。
















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ゲート前に横付けされたバスで、国内線便の前まで移動。
















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うわ

怖い!

こんなの初めてみたけど、ここでは日常なんだろうなあ。

撮影を止められもしないし、本当にのどかというか、おおらかというか・・・。
















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飛行機はほどなく滑走を始める。

2日間の短い滞在期間だったけれど、僕の能力の範囲内で、出来る限りの事をやりきった感じ。

じいちゃんが見た地形、見たであろう景色、その土地の生い立ちや歴史、現在の町並み、今、暮らす人々・・・

『家族に伝える事がいっぱい出来た』

そう思った時、これで、じいちゃんをこの場所から連れ帰れるなあと実感した。

アバカンの丘で思った『一緒に帰ろう』が、リアルに感じられた・・・というか。

本当に、彼の思いや70年前の記憶と一緒に飛び立った気がした。

人類学の研究者でもない僕がこの土地に来る事は、もう、無いだろう。

さようならハカス共和国。さようならアバカン。
















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この機にはダスティン・ホフマンそっくりの男性CAが搭乗していた




ダスティン・ホフマン



有名役者そっくりのベテラン男性CAとモデルの様な女性CAが一緒に救命胴衣の使い方のレクチャーをすると、

まるで航空会社のイベントでも見ているかの様。

彼の写真を撮って来れなかったのは、非常に残念。














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5時間後、モスクワの街が見えてきた。

シェレメチェヴォ国際空港に着けば、後は8時間ちょっとのトランジットでロシア出発。

そうだ、時間もあるし、モスクワの市街地に出かけて見聞を広めてこよう




(つづく)