(7)○○博物館 その1




ロシア語しか話せないセルゲイと2人きりになると、言葉が通じない国の旅の困難さが判る。

言葉が通じない者同士で『時間つぶしをする』というのは、なかなか大変な事の様に感じた。

それでもセルゲイは任務に忠実なのか、それとも親切心が強いのか、クルマを出して町を案内してくれる。

言葉が全く通じない2人なので、移動中の車内は無言の空間だ。










●不思議なモニュメント


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セルゲイがクルマを停めた場所はアバカンの中で比較的人通りが多い通りの近くで、

彼が何故そこにクルマを停めたのか、僕には理由が全く判らない。

彼が「ん、ん」みたいな声を出しながら手で差す方向を見ると・・・何やら不思議な彫刻を施された石柱が。

高さ3m以上ありそうな大きなものと、2mくらいの少し小ぶりなものと2本あるぞ。




「?」




何か民俗的なモニュメントの様だが、僕にはコレが何なのか全く判らない。

北米先住民の『トーテムポール』と同じ意味を持つ類のものかしら・・・くらいしか想像する事も無いし。

そういえば、出掛ける前にハカス共和国の事をネットで調べた時、情報が殆ど得られないながらも、

シャーマニズムが息づいた場所』・・・の様なものがあったね。

それも、今現在世界中の文化人類学の研究者が非常に注目している『本物っぽい雰囲気』が。

あれに関係あるのかしら・・・?

・・・そんな事を思い出してみても、無学な僕にはやはり変な彫刻石にしか見えませぬ。

『キリル文字の案内板すら無いし、もしかしたら、現地の“自称芸術家”が10年前に作った作品かも・・・』

岩を撫でて、そんな事を考えていると、

セルゲイ:「ん!ん!」

彼が手で写真を撮るゼスチュアをするので、よく判らない岩と並んで苦笑いの記念写真を撮ってもらう。

と、セルゲイのケータイが鳴り、話終わった彼は「クルマに乗ってほしい」という様なゼスチュアを。

ほどなくクルマは国立大学前に戻り、ニコライをピックアップした。

ニコライはセルゲイと短い会話をした後で、

ニコライ:「これからミュージアムに行くぞ。月曜日は休館日なんだが、特別に入れる様にした」

『トーマスが言ってた「戦争記念館」の様なトコの事か』・・・ホテル出がけのやり取りを思い出す。











●○○博物館

セルゲイは落ち着いた雰囲気の建物の前にクルマを停めた。

ニコライ:「KOU、ちょっとこっちに来てくれ」





※この先、色々貴重な話を聞いた筈だが、全く予期していなかったのでメモもとっておらず、

また、僕の英語力の低さで間違った内容になっている可能性が多々あります。ご容赦ください。






KOU:「・・・この板は?」

ニコライ:「このあたりは10万年近く前から人類が暮らしていたんだ。これは、紀元前3,000年くらいの

      このプレートだよ。道の両脇にたくさんあるだろう。ここに集めてきたんだ」






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KOU:「そんな貴重なものが転がってるけど、雨ざらしで大丈夫なのかい?」

ニコライ:「石だし、たくさんあるからね。このあたりではそれほど珍しいものではないんだ」

ただし、進みゆく開発で、失われてゆくものも多いらしい。















●館内へ

KOU:「休館日なのに、中に入って見学出来るのかい?」

ニコライ:「問題無い。ここの館長は俺の母さんなんだ」

KOU:「ええ!そうなの!?」







何と書かれているのか読めない看板の脇のドアをひいて中へ。

落ち着いた建物の中に入ると、エントランスは他の建物の例にもれず照明は非常に暗め。

まあ、休館日という事もあるのだろう。

ただ、その区画にある小さな売店は営業している模様で、店員らしきおばちゃんが1人いた。

アバカンにいる間、度々見かけたこういう『非常に効率的でない光景』、個人的に大好き

お店に並んでいた小物、なかなか惹きつけられてミュージアムに入る前に色々買ったけど・・・

館外の石板といい、この売店で扱っている品物といい、『戦争記念館』という様なものではない様な(・・)?









●研究室へ

ニコライ:「KOU、ちょっとこっちに来てくれ」

手招きされた先にあったのは博物館の中にある学芸員の控室の様な場所。

4名の、頭のよさそうな女性たちが書き物をしていたり文献を調べたりしている様で、

作業の手を止めてこちらを見る。

「○×√※★*〠$・・・」

1人、立ちあがって近づいてきた若い女性にニコライが何か説明すると、

その人は大きく頷いて、手を差し出してきた。

ニコライ:「君のおじいさんの事を彼女に調べてもらう。ここのデータベースに情報があるかも知れないからね」

KOU:「えっ、そんな事してくれるの!?」

ニコライ:「勿論だとも。ただ、この博物館はフニャフニャフニャー~~~・・・」

この時、彼は、この博物館が何での博物館であって、この地に連れて来られた日本人1人1人の情報が

どれだけ保存されているか自信がない・・・様な事を伝えていたのかも知れないが、

僕の低い英語力では、この博物館が何の博物館なのかもこの時点で理解出来ていなかった。

KOU:「(詳しい事はよく判らないけど)とにかく、ありがとう!ウルトラ スパシーバ!!」

彼女は僕とニコライを自分の研究室らしい部屋に案内して、ニコライに何か言っている。

ニコライ:「KOU、君のおじいさんの名前を教えてくれ。それと、おじいさんの顔写真を貸してくれないかな」

写真を渡し、じいちゃんの名前を伝える。

ニコライ:「収容所は判る?」

KOU:「チャイナゴール第33収容所」

ニコライと学芸員さんは頷きあっている。

生年月日や出身地も判るけど、これだけでいいのかしら・・・?

ニコライ:「OK、KOU、十分だ」

どうやらじいちゃんの事を調べてみてくれそう。

異国の研究家が調べてくれるという事に感激しながら、僕はその区画を出る。

ニコライ:「じゃあ、ミュージアムに行ってみよう」













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KOU:「 ・ ・ ・」

ニコライ:「これは、このハカス共和国の環境を再現しているコーナーだ」

・・・大体、見れば判るぞ。

そうか、やっぱり、ここは戦争博物館とかではなかったみたい。

そりゃあ『戦争』とか『平和』とかそういうワードなく、『ミュージアム』とだけ言っていたもんね。

僕がホテルで『昔からある光景が見たい』と言ったので、彼らはこのミュージアムを選んでくれたのだろう。

もしかすると、ここは、多くの日本人観光客にとっては『退屈な場所』かも知れないと思った。

『地域の文化』より、もっと見た目にも判りやすい有名な建築物・建造物だとか絵画とか美術品を見る事に、

時間を割きたい人は多い筈。















●郷土博物館
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KOU:「この館内で写真撮ってもいい?」

ニコライ:「ああ、構わない。好きなだけ撮ってくれ」

普段はどうか知らないが、館長の息子のニコライがそう言うので、あちこち撮らせてもらう事に。

正直、僕もこれまで地域の民俗などに興味を持つ事はあまり無かったけど、

5年前、名古屋に来て地域観光の仕事に携わってから、普段会社で取り扱っている『観光的なもの』よりも、

むしろ民俗文化の多様性に随分関心を持つ様になっている。

この郷土博物館は、そういうもののの宝庫。

(帰国後に知ったのだけど、この土地は、文化人類学の研究者から注目されている土地だった)














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KOU:「え!?これ、ユキヒョウ(スノーパンサー)じゃないの!?」

ニコライ:「その通り(スノーレオパルド)だ」

KOU:「まさか、このあたりに棲んでるの?」

ニコライ:「ちょっと山のほうに行けばあちらこちらにいるよ」

絶滅が危ぶまれている動物として、よく取り上げられるユキヒョウは、このあたりではなじみ深い生き物らしい。

こういう話を聞くと、自分がわりと珍しい場所に来ているという事を感じさせられる。
















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KOU:「これは遺跡の発掘現場?」

ニコライ:「いや。これは鉱山だよ。

     ハカシア(ハカス共和国の事)はたくさんの希少な鉱石が掘り出される地域なんだ。

     モリブデン、コバルト、クロム、□□□、△△△、×××、とにかく色々出てくる。

     ハカシアだけで、ロシアの○割生産するものもあるんだ」

KOU:「へ~

近くにある石は、この国で産出する鉱石標本らしい。

珍しいものがあるかも知れない。

でも、館内には英語の説明も無いし、仮にそれがあって石の名前が判っても、僕にその価値は判らんだろう。。。














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KOU:「あっ これは! まさか!」

ニコライ:「マンモスの牙だ」

KOU:「でかい」

長さ1mくらい、直径最大17~8cmはありそうなそれが、順路わきの石の上に、無造作に置かれている。

KOU:「これも、このあたりに埋まってるの?」

ニコライ:「ああ。知っているかと思うが、地中に埋まっているんだ。氷の層からの発掘も進められているよ」

KOU:「掘れば、色々出てくるところに暮らしているんだね・・・これ、触ってもいいの?」

ニコライ:「GAHAHA、かまわないぞ。マンモスの牙が珍しいか」

KOU:「見た事はあったかも知れないけれど、触っていいってのは初めてだよ」

石の上のそれを持ちあげようとすると、思ったよりもだいぶ重い。4~5kgくらいはあるかも。

人間が切断したモノではなく、何らかの理由で折れたもののようで、破断面は木材を折ったものと同じ様に

ささくれだっていた。














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ニコライ:「KOU、セルゲイと2人で回ってる時に、背の高い、石の柱を見たろう。

      ここにある石は、それの子供たちなんだ」

KOU:「・・・何だって???」

ニコライ:「これらの石は、家族なんだよ。これらは紀元前2,000年頃の・・・」

どうも、その頃の文化で、『家族』という設定で石の神様を彫ったらしい。

ここから、アファナシェヴォ文化、オクネフ文化、アンドロノヴォ文化などという文化の名前が出てきて、

ハカシアの文化の話を色々聞くのだが、帰国後、この地域の事を研究している方のHPを見たところでは、

紀元前2,000年頃のオクネフ文化にある『彫刻のある石柱』に該当するのかなあ・・・。

つまり、『ウルックフルトゥヤッフタス(大きな石のおばあさん)』(本文引用)の仲間みたいなモノかしら。















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石器時代に使われた土器とか聞いたような・・・。

その話が間違っていなければ、5,000年~10,000年くらい前の人たちが使っていた筈。















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これは、中国の甲骨文字(たしか紀元前1,000年~1,500年頃)同様の象形文字かな・・・?

でも、『甲骨文字』や『象形文字』を英語でどう言うのか判らんので・・・

KOU:「これはエジプトのヒエログリフみたいなもの?」

ニコライ:「いや、これは文字ではなく『絵』だよ。壁に、こんな絵を描いていたんだ。

      アバカン周辺には、古代文明の壁画が残る洞窟が複数見つかっているぞ」














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KOU:「あっ

奥深い悠久の歴史に惹かれ始めた僕の目に飛び込んできた、ドキッとするような紅い装束。

一瞬で、心を奪われた。

KOU:「これは、この土地のシャーマンの装束?」

ニコライ:「その通りだ」

















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おお・・・
















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なんか、ドキドキする。
















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これは、ひと目ぼれってヤツか

今まで、一度として経験した事がないのに。














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ニコライの話にはよく『テュルク人』という言葉が出てくる。

どうも、『ハカス人』というのはこの『テュルク人(族?)』という系統に組み込まれている一分類みたい。

そして、この『テュルク人』というのは人種の違い(例えばモンゴロイドやコーカソイドとかの外見的な違い)で

区分されるのではなく、言語系統で区分されているものらしい。

ハカス人は、テュルク人の中でも『ハカス語』を話す人々の事を差すが、人種が違う場合もある。

日本でこれを考えると、『日本国籍を持っていれば、髪や肌や目の色が違っても日本人』という概念はあるので

まあ、理解できない事もないか・・・。

ただ、これまでの記事を読んで、既にお気づきの方もいるとは思うのだが、

僕は『スラブ人(言語学上の人種)』と『コーカソイド(身体的特徴上の人種)』を対等の分類として考える程度の

お粗末な男であり、文化人類学も自然人類学も言語人類学も民俗学もかじっていない。

(当時、後追いで殴り書きでメモをとり、帰国してから色々検索して民族名やら文化名やらの表記が間違いないかなど涙ぐましい努力をした上で、この記事を書いている)

わかったのは、この土地にアーリア人がやってきて、テュルク人やモンゴル人が関わって、

現代のハカス人に続いているらしいという事くらい。

そこに、タジキスタン人やオスマン人、キルギス人、カザフ人、クリミア人、アルタイ人、モンゴル人、

チベット人、そしてアイヌ人、琉球人の話などが絡んできて、

ニコライ:「その中でタジク人やキルギス人は、今日のアバカンの中の市場にもよくいるよ」

・・・なんていう話になる。

出会って、話をしても、僕には見分けはつかない事だろう。














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KOU:「あっ!これはもしや!」

ニコライ:「わかるかい?」(ニヤリ)

KOU:「アイヌの人たちじゃないの、これ」

ニコライ:「そう、これはホッカイドーのアイヌ人だ」

『日本のアイヌ人』という言い方をせず、『北海道のアイヌ人』という言い方をする事に少し違和感を感じて、

KOU:「日本人を紹介するなら、サムライや公家を紹介した方が人気は出そうだけど・・・チョンマゲとか」

ニコライ:「ここで紹介したいのは日本人ではなく、少数民族としてのアイヌ人だ。

     彼らはアムール川の周辺に住んでいるアーリア人の末裔から受け継いだ遺伝的形質をもっている。

     テュルク人とも関わりが深い人たちなんだ」

KOU:「へ~

















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KOU:「おお!ステキ!」

ニコライ:「ハカシアンやタジク人やキルギス人、モンゴル人、トルコ人は、現代はともかくとして、

     昔は『ベルト(帯)』で、どこの地域の民族かを見分ける事が出来たんだ。これは○○人のものだ」


















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KOU:「これもベルト?」

ニコライ:「そうだ。これは△△人のものだね」













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KOU:「わ~、すごい」

ニコライ:「これは○世紀の××人のものだ」

・・・まったく、なんでリアルタイムでメモとらなかったんだろ














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KOU:「これは、ベルトとは違うみたいだけれど」

ニコライ:「ベルトではないが、やはり腰に巻くものだよ。○×△□☆・・・・」

・・・よく判らなかったけれど、中央アジアに近い地域の民族衣装らしい。












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遊牧民っぽい服に見える

モンゴルの人かと訊ねたら、○○の人って教えてくれたんだけれど、肝心の国名を覚えていないT T














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これも、全てベルトだという。

ニコライは、世界中の古い民族写真を見た時、ベルトを見れば、その人がどこの国の人か殆ど判る筈。

すげえな。

リアル『マスター・キートン』じゃないか(ニコライも博士号もってないし)。

















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ニコライ:「ここから先は、ハンターの装備だよ」

日本人的に『ハンター』と言われても、近代的な『ハンター』なのか、歴史的な『狩人』なのか判りにくい。。。

話の流れから考えると、後者の方に違いなかろうが・・・。















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ニコライ:「これは○世紀(16世紀とか言ってたかなあ・・・)のハンターの装備だよ。

      真ん中の缶に黒色火薬を入れて、革袋には弾丸を入れていたんだ」

















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KOU:「わあ、これは、凄い短剣だね」

ニコライ:「KOU、君はこれらを見て、どう思う?」

KOU:「まるで、新品の様にピカピカだなあって思う」

ニコライ:「よくできました。これは、地元の芸術家が作った作品なんだ」















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ニコライ:「本物はこっちだ。ここにあるのは青銅の短剣と、鉄製の短剣。

      青銅の方が古くて紀元前2,000年頃まで遡れる。鉄製の方は、大体BC5世紀頃だ」

『・・・』

紀元前2,000年って簡単に言うけど、紀元前20世紀って事だよね。その頃に、こんな精錬技術があったんだ。

・・・後で調べると、青銅の技術は紀元前3,000年頃にイラン周辺のシュメール文明で立ちあがっていて、

それが各地に伝播したらしい。

鉄の精錬技術は、紀元前8世紀頃には発達していたらしいけれど、何らかの事情で遺物が少ない模様。

ちなみに、日本は紀元前14,000年~紀元後500年前(6世紀)までは縄文式土器を使う縄文時代。

紀元前6世紀~紀元後5世紀までの弥生式土器の時代の初期(紀元前4世紀)に

青銅と鉄の精錬技術がまとめて輸入されたという事だ。

















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ガラスに人影が映っている。

一番右の男がニコライ、その後にいる女性はニコライの義理の妹で、その隣の女性はその連れ。

一番左のピンク色の服を着たおばさんが、ニコライのお母さん(この博物館の館長さん)。

この日、ニコライの弟の家族もこの博物館を見学に来たらしく、僕らとは別ルートで館内を案内されていた。



この展示物は、祈祷に使うのか遺体にかぶせるものかわからんかったが、『マスク』だ。

ニコライ:「この土地では2~3世紀ごとに支配者が入れ替わる事も珍しくなかった。

     支配者が変わると人種も変わる。人種が変わると、顔の骨格も変わる

     マスクを作る時、この骨格の差は非常に大きなものなんだ。

     マスクひとつひとつを、じっくり、よく見てほしい。頬のカタチや鼻のカタチが全然違うだろう。

     これらは、各時代にこの地で暮らしていた、異なる民族のマスクなんだよ」














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再び(?)、唐突に出てきた石柱。

高さ1m50cmくらいあったかな、そんな石の下に、人の顔が彫られている。

これ、クルガン(古墳)の守り神・・・みたいな話だったかなあ・・・あまり適当な事を書くわけにもいかないのに。

ハカシアに花開いた文化を研究している方のサイトのどこかに、同様の石柱を見た様に思うんだけど、

見つけられなかった。

ごめんなさい、何のための石だったか、判らん。







しかし、不思議な展示物に、僕はどんどん引き込まれてゆくのだった




(つづく)