●2023年9月18日(月)19:13
『チッ』
ダッシュに切り替えて交差点から離れ、暗い路地を駆ける。
しかし、背後から追跡してくるぞ。
『・・・怖


1ブロック走る・・・引き離せない。
それどころか、地面を蹴る音が次第に近づいてきた。
『うそだろ

●ダメだ、ふりきれない



2ブロック走り、息切れしてスピードダウンすると、後ろからベルトをグッと掴まれた。
「ハアハア・・・
」
「ハアハア・・・


振り返ると、まだ中学生くらいにしか見えない女の子だった。
『えっ


こんな真っ暗な街で、こんな子が1人で外国人のオッサンを追っかけてくるものか・・・。
・・・拍子抜けしたのは確かだが、ナイフや銃を持ってるかも知れない恐怖感が常に頭の片隅にある。
女の子「〇×△φ&%# ベイビー 〠★÷㍵$ マニー、マニー

KOU「いやいや、さすがに君には赤ちゃんいないでしょ


首を振り、無視して先に行こうとするが、彼女は僕の前に回り込んで通せんぼし、それどころか身体を押し付けて押し戻そうとしてくる。
KOU「やめてくれ、何の真似だよ


仲間たちから離れ過ぎた恐怖感があるのだろう、どうも、本気で僕をあの交差点に押し戻そうとしているらしい。
こりゃ、明らかにただの物乞いだろう。
●「いいかげんにしろ





勿論、そんな言葉で引き下がる相手ではない。
まとわりついてる間にこちらに危険が無いと見抜いたのか、じゃれながらカネをせびろうとしてくる。
『さっきの女といい、この子といい、信じられないくらい異常にしつこいな』
テリトリーから離れて不安なくせに、カモ(KOU)からわずかなカネをせびることも諦めきれず、このままだと3km先のホテルまでついて来かねない。
『・・・他人の心配してる場合じゃないが、子供は子供・・・』
●しゃーない


再び、ドル札を崩すべくストアに入り、店主にコーラのペットボトルを差し出す。
店主「トゥエンティ―」(ボソッ)
KOU「20・・・」
相変わらず、この国のお金が判らない。
20レバノンポンドなら1円にも満たない筈。
20ドルなら2,900円。
・・・どちらも500mlコーラボトルの値段ではない。
『まあ、50ドル札出せば問題あるまい』
店主「Oh・・・」
店主は首を振って奥に引っ込み、何やら札の束を持ってきた。
KOU「

お釣りとして『札束』が出てきた。
その額72万レバノンポンド。
KOU「・・・間違いじゃないんだよね

店主「ああ、間違いじゃないさ
!」

KOU「ウェイト、ウェイト
」


彼女に10,000LL(レバノンポンド)札を渡す。
彼女は圧倒的に不満そうに首を横に振って、僕を見つめる。
さらに10,000LL札を渡す。
彼女は渋い表情で首を横に振る。
これで10,000LL札は切れた。
『いったい、日本円でいくらくらいなのだろうか?』
次に、もともと財布に入っていた20,000LL札を渡してみる。
彼女は渋い顔で首を横に振る。
さらに20,000LL札を渡してみる。
彼女は変わらず首を横に振るが、はにかみ始めた。
さらに20,000LL札を渡す。
彼女は口をとがらせつつ、楽しそうに首を横に振る。
20,000LL札も3枚で切れた。
『あとは50,000LL札1枚と、大量の10万LL札・・・』
自分がいくら持ってるカネの価値が、本当に判らん。
50,000LL札を渡す。
彼女は明らかに笑いつつ、僕の顔を見上げて首を横に振る。
笑うとかわいい子供の笑顔になる。
この国の最高紙幣の100,000LL札を、全く価値を知らないまま渡す。
彼女は嬉しそうに笑いながら、首を横に振る。
まあ、目の前に『プチ打ち出の小づち出現中』の状態だからな。僕でも笑うだろう。
100,000LL札をもう1枚渡す。
彼女は白い歯を見せてケタケタ笑い出しながら、なおも首を横に振る。
『この様子を見たら、スールで世話になった宿のおかみさん・アマンダは呆れるだろう』
おかみさんの顔を思い出しながら、もう1枚、100,000LL札を渡す。
彼女はニコニコしながら、首を横に振っている。
・・・まあ、僕も色々な人に助けられるし、こういう経験もいいかもだ。
さらに1枚、100,000LL札を渡す。
女の子はもはや満足してるのは明らかだが、笑って首を振る。
今度は僕も苦笑いして首を横に振る。
「ザッツオール」
それでもしばらくまとわりつかれたが、少しすると手を振って、あの真っ暗な交差点の方へ消えていった。
『・・・一体、どんな生活してるのかしら』
しかし、その子を見送る視界の中に、こちらをじとーっと見つめながら接近してくる少年に気づいた。

今度は中学生くらいの男の子が「マニーマニー」と言ってまとわりついてきた。
これはキリがない。
●頭を抱えていると・・・
ストアの中の人たちが外に出てきて、1人が少年を怒鳴りつけた。
多分、アラビア語で「何してんだ、あっち行け」とか言ってるのだろう。
しかし、少年は全く動ぜず、僕にカネを無心してくる。
すると、
パーン!!
と、乾いた衝撃音が響いた。
●頭を抱えていると・・・
ストアの中の人たちが外に出てきて、1人が少年を怒鳴りつけた。
多分、アラビア語で「何してんだ、あっち行け」とか言ってるのだろう。
しかし、少年は全く動ぜず、僕にカネを無心してくる。
すると、
パーン!!
と、乾いた衝撃音が響いた。
●えっ、なに



振り返ると、1人のオッサンがインディー・ジョーンズが持ってる様なムチで歩道を叩いていた。
まじか。
しかし、男の子は退散せずなおも僕の方にカネを哀願してくる。
パーン!!
再び、おっさんはムチで彼の近くの路面を叩いた。
『おいおい


慌てて止めようと思ったが、どうやら、日常的にこういうことがあるらしい。
彼は2分ほど僕につきまとった後、肩を落として離れ、ストアから100mほどのところに佇み、こちらを眺める様になった。
?「ったく、災難だったな。まあ、ここで少し休んでいけばいい」
ムチを手にしたおっさんが店の前にあるイスを指さし、語りかけてきた。
『そうするか・・・』
再び店に入り、自分のコークを1本購入。
イスに腰かけると、店の前の暗い広場で、あの少年がまだこちらを見て佇んでいるのが見えた。
『・・・まいったな』
?「あいつらは本当にしょうがない連中なんだ」
僕の視線に気づいたおっさんが、吐き捨てる様に言う。
?「働きもせず1日中フラフラして、人が通りかかれば『マニープリーズ、マニープリーズ』ってな。あんたにゃ悪いが、あんな連中を相手にするのは間違ってる。
ああ、俺の名はオセムだ。よろしくな

KOU「ああ、よろしく。彼女らみたいな人はどのくらいいるの?」
オセム「200万人くらいだ」
KOU「200万人


オセム「シリアン(シリア人)なんだ。レバノンに逃げてきたんだよ」
なるほど。
パレスチナキャンプしか知らなかったが、シリア人難民の方が50倍くらい多いのかも知れない。
KOU「どうしてシリア人は仕事をしないの?」
オセム「ノービザだったり家が無かったりするから、どうしようもないんだ。ごくわずかに、仕事をやってる人もいるが、そうなるとレバニーズ(レバノン人)の仕事を奪うことになる。あいつらのおかげでレバノンはとても疲弊してるんだ。迷惑な連中だよ

なるほどなるほど。
オセムの立場で見れば、当然だろう。
一方で、最初の物乞い(子供を連れてた女)も、2人目の物乞い(2ブロックも僕を追いかけて捕まえた女の子)も、3人目の物乞い(今も僕をじーっと見て、1人になるタイミングを待っている男の子)も、他の国で見かけた観光客目当ての物乞いとレベチの必死さ(しつこさ)。
そういや、レバノン到着初日にアズールのクルマに乗るハメになったウーバーの客引きのしつこさも同じだった。
そういった理由も、なんか理解できる話だ。
のんびりと話を続ける間、10分に1回くらいの頻度で10秒ほど店の電気が落ちる。
店だけでなく街全体がそうらしい。
そういえば、ホテルもそうだった。街の電源事情も万全というわけではないらしい。
●オセムが「おごりだ」と言ってジュースを持ってきてくれた
KOU「ありがとう。そういえば、さっきコーラ1本20(トゥェンティー)と言われたけど、いくらの事なのか未だに分らない」
オセムも、周りにいる他の人も大笑いした。
オセム「20は、正確には『20サウザンド』だよ!2年前、カネの価値が暴落してから、みんな省略して言うようになったんだ

謎が解けた。
20(トゥェンティー)レバノンポンドなら0.2円弱。
20,000(トゥェンティー サウザンド)レバノンポンドなら200円弱ってことか!
KOU「ありがとう、やっとコーラ=20(トゥェンティー)の意味がわかったよ」
車座になって座ってるレバニーズの面々は爆笑している。
オセムは政治に関する話が好きらしく、国の問題などを色々教えてくれる。英語が苦手な僕にもとても聞き取りやすいのが不思議だ。
●オセム「KOU、シーシャはやるか?」
KOU「シーシャ?」
オセム「これだ」
ああ、イスラム社会で度々見かける「水たばこ」

タバコも吸ったこと無いし、勿論これもやった事無いな。
周りの人たちはそれぞれ自分の道具を持ち出して、プカプカやりはじめた。
煙というよりは蒸気を吸っている様で、タバコの様な咽せかえる煙などはなく、においもかなり弱いハーブに近い様なかんじ。
●薬物とかじゃないし、やってみようかしら
炉の上に置く炭の数で蒸気の強さを調節できるらしく、オセムは炭の数を減らした。
オセム「慣れないうちは弱いほうがいいだろう。吸ってみろ」
弱いフローラルの様な、甘い蒸気を胸いっぱい吸い込む(*v.v)。。
なるほど・・・なんかリラックスするのにいいかも知れない。
・・・が、正直、良さはよくわからない。
●ただ、この場の雰囲気は悪くない
不思議と落ち着く空間だ。
居心地よく過ごさせてもらってる間にそれなりに時間が経ち、暗がりの中で僕を待っていた男の子も、諦めたのかいなくなっていた。
ぼちぼち、帰ろう・・・。
オセム「お前、ホテルは近いのか?」
KOU「近いよ。ここから3kmくらいだし、歩いて帰れる」
オセム「バカ

KOU「え?ベイルートってそんなに危険?」
オセム「・・・いや、ここは俺たちの誇りだし、とても安全な街だ (*v.v)。。。。。。」
KOU「なら大丈夫じゃん」
オセム「俺たち地元民にとって安全なだけだ


狙うなら裕福な旅行者を狙えばいいのに。
結局、オセムがホテルまでクルマで送ってくれることになった。
(つづく)
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