●特急列車でエルサレムマハラ駅までやってきたKOU
●エルサレム マハラ駅前には大きなほったて小屋みたいなのがあった
マーケットのようだな・・・
●入ってる時間は無いが、外から覗いてみよう
長さ300m、幅は30mくらいのマーケットは、あふれんばかりの人と物でごった返している。
見たところ、利用者は地元の人が多そう。
●向こうに見えるのは、多分、エルサレムの新市街だろう
赤茶けた山肌に林立する家屋、そしてアパルトメントが印象的。
列車でもかなりの山を越えてきたが、やはり、パレスチナ地区は山がちな地形に位置しているようだ。
まずは、エルサレムと反対方向、ここから10kmほどの『ベツレヘム』へ向かう。
乾ききった晴天下、気温は28度でも日本の様な暑さは感じない~
今のところ、快適なポタリング
ここらへんを東洋人がポタリングしているのはかなり珍しいのだろう。ちらちらと視線を飛ばされるのを感じる。
●しかし、ベツレヘムに向かう道は、やはり登り基調だった
き、きつい・・・
結局、途中から押し歩きして、のぼりきったところでコカコーラゼロをゴキュゴキュアツイー
そして、背後を振り返ってみた。
●エルサレム新市街が視界いっぱいに広がっていた
『・・・今回の旅、けっこうすごいぞ』
モチベが高まり、さらに先で待ち構えていたキツイ坂も、ぐいぐい押し歩きして登っていく。
●おっ!
こんなところにセブンイレブン・・・
通りから見ると、中はフツーの『商店』といった感じ。
店主と思しき男性は、店の前でワンコと戯れていて、なんか長閑。
よく見ると、セブンイレブンのロゴじゃなく、『セブンスーパー』って書いてある
ちなみに、この旅全体で見かけたコンビニは、テルアビブにある『ampm』のみだった(別記事にて触れる)。
●しばらく坂をのぼってクタクタになる頃、道は平坦になった
すると、漆黒のスーツに漆黒のコート、漆黒のハットをビシッと着用した男性たちの姿が目に入ってきた。
たしか、ユダヤ教の正装だったろうか。日本と違ってカラッと爽やかなパレスチナでも、さすがに暑いと思う。
この道はヘブロンロード。明らかに聞き覚えがあった。思い出してみると、学生の頃にNHKニュースで
「パレスチナ和平合意の為、イスラエル軍治安部隊が『ヘブロンへの道』を進んでいる」・・・と言ってたな。
それにしても、かなりの高台だ。
このまま、ベツレヘムまで平坦な道が続くのだろうか?
そう思ってあたりを見回すと、反対車線の道路の先に、見たことない様な景色が広がっていた。
●なんだ、この世界は・・・?
乾ききってささくれ立った荒野を一本の道が切り裂き、その先に山肌に張り付いた街がある。
●現実感のない不思議な景色だった
あの、世紀末の荒野と、崩壊した街のような。
しばらく、ぼーっとしてその光景を眺める。
●これが、パレスチナの町か・・・!
『ヨルダン川西岸地域』とも呼ばれるこの地域は、イスラエル国の中にありながらも
イスラエルの実行支配力がおよばない地域(パレスチナ自治区)が点在している。
いや、正しくは、パレスチナ人が支配していた地域を、イスラエル国が分断したというべきか。
今、僕がいるのはベツレヘムのすぐ北側(上)にある『入植地』という事になる。
20年ほど前まではパレスチナの紛争や自爆テロで、とても僕なんかが来れる様な場所じゃなかった。
そして、ここから少し南に進むと・・・
●荒野の中に、長大な『壁』が見えてきた
これがアパルトヘイトウォール(分離壁)!
この壁は、イスラエル国内のパレスチナ人居住区を囲い込む様にイスラエル政府が構築しているもので、
見渡す限り、ずーっと続いている。
その目的はイスラエル国内に自爆テロ犯がまぎれこむことを防ぐ為という。
⑦
(イスラエル) ベツレヘムをポタる 前篇
●ロマン探求ポタ2018(*v.v)。。前半テーマ曲 KONAMI Pop'n Music(2010) ♪The Sky of Sadness
●壁を抜けないとベツレヘムには入れないので・・・
おそらくはイスラエル兵士と思われる歩哨に、おっかなびっくり声をかけてみる。
若い兵士:「やあ、どこに向かってるんだい?」
KOU:「ベツレヘムに入りたいんだけれど」
若い兵士:「ああ、それならこの道を戻ってその左、右の順に曲がってあとはまっすぐだよ
どこから来たんだい?」
KOU:「日本だよ。日本人は珍しい?」
若い兵士:「自転車で来てるのは見たことないよ」
彼がいるゲートの先は外務省が渡航延期を勧告する『危険度3』のエリアだろう。僕の旅には不要のエリアだ。
●若い兵士は「楽しんでね」・・・と、最後までにこやかだった
帽子をとって礼儀正しく声をかけたのがよかったのかな?
言われた通りに道を戻って曲がると、『壁』の一部分に大きな穴が開いていた。
●国境か、それとも刑務所か・・・といった感じ
壁の向こうにいくのには、どうやら検問などはないらしい。
●ベツレヘムに到着!
おお~、街に入った筈なのに、人がいない
住宅街に見えるのだが・・・
●壁にパレスチナの『国旗』が記された看板が
ええと、『この建物(北部入口リハビリセンター)はイタリアの資金提供で造られました・・・』???
…いやいや、『ベツレヘム北門地域のリハビリ(人の暮らし再生)はイタリアの資金で実施されました・・・』か。
国連によるパレスチナ人支援プログラムによって実現しているようだ。
●坂が多い街だ
これは、自転車で行き来する様な街じゃないかも知れない
●壁の中に、こんな街があるとは
いや、街も、荒野も、山地も、すべて含めて『700kmの壁で囲っている』という事なのだろう。
出会う光景、すべてが『新鮮』だ
●少し走っているうちにちらほら人に出会う様になった
このあたりは学校があるようで、かわいらしい子供たちが「ハロー」と声をかけてきて、手を振ってくれた
●やがて、賑やで交通量も多い通りに
ここがベツレヘム市(人口約32,000人)の中心地かしら?
●今まで走ってきたイスラエル国内の他の都市より、建物が白い
そして、ここでドリンクを購入してみたところ、テルアビブなどで6シュケル(約186円)だったコカ・コーラゼロが、
ここでは4シュケル(164円)。イスラエル実効支配地より、物価は安いのかも知れない。
●ふと、街の片隅で気づく
おや、あの絵は・・・
有刺鉄線で縄跳びする少女か。その近くには「パレスチナに自由を」と書かれている。
そりゃあ、ある日こんな壁で囲われて自由な移動が出来なくなったら、僕だったら我慢できないわあ
さっきのにこやかな兵士は、僕の移動を妨げることはしないけれど、パレスチナ人がここから出ようとしたら、
銃を向ける事になるのだろうか?
●この町ではBROMPTONの値段を尋ねられることが多かった
少年:「その自転車、いくら?」
KOU:「ええと、もろもろで3,000ドルくらいかな」
少年:「へー。10ドルで売ってよ」
KOU:「なんだって??」
本気か冗談か全然判らないが、少年はなかなか解放してくれなかった。
もしかしたら珍しいチャリに乗りたかったのかも知れないが、下り坂とか本気で乗り逃げされたら、
僕の足では絶対に追いつけないので、ちょっとかわいそうだったがあしらって逃げる事にする。
『さて、キリストが生まれた場所を見に行こう』
そう思って走り回る僕は、この後、恐ろしい目に遭う事になるのだった。
■ロマン探求ポタ2018(*v.v)。。INDEX
Ⅱ.トルコの章
Ⅲ.ハンガリーの章
Ⅳ.ルーマニアの章
終章
コメント