●2021.08.28(土) 12:01
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「オキシマ」探検を目指す僕は、近江国手前の峠の麓にある集落をのんびり走っていた

いやあ、ここ、マジで美しい集落だぞ。









●途中でこんな看板を見かける
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この集落「時の郷」っていうのか?変わった集落名だな。

ほお、NHK連続テレビ小説の舞台になったことがあるのか・・・いや、主人公の「父親のふるさと」らしい。

そもそも、「とと姉ちゃん」というドラマも知らないし、スゴイ事なのかどうなのかよく判らない。








とと姉ちゃん(2016)
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“父親代わりの長女”ヒロイン、小橋常子(高畑充希)が、生前の父の「当たり前の暮らしがいかに大切か」という教えを胸に、2人の妹と母を守って型破りの大奮闘。女ばかりの常子一家が激動の昭和を駆け抜けていく、小さな家族の大きな年代記。

NHK番組紹介サイトを見てもどんなドラマかよく判らんが、毎回視聴率20%超えだそうなので「相当な名作」なのかも。

ちなみに主題歌は宇多田ヒカルの「花束を君に」。








●なんにしても、素敵な集落だ
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ウチの両親も「あまちゃん」(地元岩手の三陸海岸が舞台)をよろこんで視聴していたし、この集落のみなさんも「とと姉ちゃん」よろこんで見ていたんだろう










気持ちよい通りを駆け抜けつつ、ふと、路傍の神社の門柱の文字が目に留まる。











●湯葉神社(ユバジンジャ)
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●湯葉・・・(*v.v)oO
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豆乳を加熱した時の表面にできる薄皮でよく吸い物の具として使われたり、刺身と同様にそのまま醤油などをつけて食される。精進料理にも欠かせない伝統食材である。

1200年前に日本に伝わり、平安京や日光の名物料理にもなっている。勿論、僕も大好きだ(*v.v)。。





しかし、

いくら湯葉が「おいしい」といって、
神格化するなんてやりすぎと思う。


そんなマンガみたいな話があるのか!?

もしかして、ご神体は「かまど」とか??










●ドキドキしながら神社の由来を見てみるドキドキ
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「・・・あれ?」

大豆とか豆乳とかそれらしい食材の記述などどこにも無い???

代わりに「一之宮遊波(ユバ)大明神」というキーワードを見つけてしまった。

・・・そうか。

特に記載は無いが、「遊波」が「湯葉」に書き換えられたってことか。

どこかの時代にくいしんぼでシャレ好きな村人がいたのかも知れない。

(ただ、「遊波神社」もとても珍しい神社名じゃないかと思う)





・・・そんな事を思いつつ、もう一つ気になる事を見つける。

「算額(サンガク)」ってなんだ??







●境内には「算額」を紹介する看板が2つもあった
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この神社には立方体のある面の面積を求める「算額」があるという。

そういえば、度々神社で見かけるワードだが、これまで積極的に調べた事がなかった。








(「算額」の例)
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コラム算額:江戸の数学(国会図書館)によると、

算額は数学の問題が書かれた絵馬で、江戸時代になってから、神社仏閣に奉納されるようになりました。美しい図形を扱った問題が多く、ほとんどが彩色されています。現存するもので一番古い算額は、栃木県佐野市の星宮神社に天和3年(1683)に奉納されたものです。
(中略) 
算額の風習は江戸時代には非常に盛んであったそうで、明治時代まで続きました。
(中略)
また、江戸時代には各地を
して和算を教える遊歴算家と呼ばれる和算家がいました。





また、(アテになるかどうかはともかく)wikipediaによると、

算額は、和算において、問題が解けたことを神仏に感謝し、ますます勉学に励むことを祈念して奉納されたと言われる。やがて、人びとの集まる神社仏閣を問題の発表の場として、難問や、問題だけを書いて解答を付けずに奉納するものも現れ、それを見て解答や想定される問題を再び算額にして奉納することも行われた。









なるほどなるほど

要は、「算額=数学問題が書かれた絵馬」ってことね。

では、その絵馬にはどんな問題が書かれていたのだろう?

まあ、幼い頃から教育漬けで、大学まで行くのが当たり前の我々だ。
寺子屋で学ぶのがやっとだった江戸時代の人々の問題を解けぬ筈などない


かかってこいや!!












●問題
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緑色の一番大きな円の半径をrとし、図の中のn番目の青い円の半径を求めよ。

ただし、赤い円の半径はr/2とする。

ヒント:青い円の半径は r / 95。








KOU:「ぐはっ!」


皆さん、解ける?

答えはコチラ(←笑っちゃうくらいスゲエ!)













江戸時代の人、すげえ!
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VAIOもXPERIAもない

検索もできない

電卓どころか、マトモな用紙、鉛筆・消しゴムも無い時代にこんな問題を解き合っていたなんて!


(ってか、僕は技術の発展とともにどんどんバカになってる)









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こんな田舎のお社にもそういう文化があった。

立法積の計算などは僕らにとっては常識の範囲と言えるけど、それだって直線・直角のものかつ辺の長さが判明している場合だけだからね。形がちょっと変わっただけで、僕なんてお手上げだから。









先人たちの努力工夫に胸を熱くし、自分の怠惰っぷりを情けなく思いながらも、僕は遊びの旅をつづける(*v.v)。。

















オキシマクエスト


(2)












●美しい集落はおしまいのようだ
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あの谷間から、怒涛ののぼりが始まるんだろう。

ああ、ヤダヤダ








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どうやら、この渓流沿いに上がっていくようだ。

一つ目の峠は谷が深くて渓流が見えなかったが、やっぱこういう道がいいな。








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ヤレヤレ

クルマが全くやってこないのを救いに、道全体を使って蛇行しながら急坂をヨボヨボ登ってゆく。








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「・・・ん?クンクン、このにおいは・・・」

川上のほうから漂ってくる香ばしいかおり。

そして、賑やかな声が聞こえてきた。

川原でウェイウェイとBBQをしている若者たちがいるらしい。







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まあ、川に汚れ物流したり、ゴミを散らかしたりしなければいいんだろうと思う。

僕の場合はBBQではなくソロキャンプだけど、やっぱ、先客が投棄したゴミとか、地元の人が図らずも出してしまった農業ゴミとかも出来るだけ持ち帰る様にしてる。

そういう人が増えれば、レジャー人数が増えるほど、川原のゴミなどの回収は進む筈だ。







●いやー、キツイ道だ
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一つ目の峠の疲労が足に来ていて、押し歩きしているにも関わらず度々足を攣りそうになる。

ここのところ、ジムのサイクリングマシーンに乗る時間がなかった為、少しカラダがなまったのかも知れない。







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ところどころに小規模な土砂崩れが見られる。

そういえば、この道、クルマも自転車も全然通らない。

そんな道だから、道路整備が後回しになっているのかも知れないな。






●キツイ
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長げーな、この峠

麓の集落の時点でも200mくらいの標高はあったと思うし、たかだか450mの峠ならもう着いてもいいのでは???







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のぼって・・・











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えんえんとのぼって・・・









●・・・なんだ、ここは???
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鬱蒼とした林に囲まれた道の脇に、少しばかりの広場になっている草地があった。

そこに小っちゃな看板が立っていて「五僧峠(ゴソウトウゲ)」と書いてある。

疲れ切っている上に草地の中にあるので、いつもの様に近づいてじっくり読む気分にならない。








●これ、峠なのか??
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先を見ると下り坂になっていて、一応「峠」ではあるみたい。

ただ、ここにあるべきものがない。

期待していたものがない。

県境の看板が無い









●県境じゃないの
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ウソでしょ。

こんなにのぼってきた峠が県境じゃないなんて。

それは、つまりこの峠が2つの峠の間にある「小さな峠」で、ここから一旦下った後もう一度ガンガンにのぼって峠越えをしなければならない事を意味する

そういえば、確かに高度MAPには、2つのピークの間に小さな峠があったような・・・。








●イヤイヤイヤイヤ、ちょっとそれはムリでしょう

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脚ブルブル。

もう1回峠をのぼるのはキツすぎる。

ずっと押し歩きで越える事は出来るだろうけど、現在時刻(13:10)から一旦下り、上り全歩きとなると、夕方16時過ぎとかの峠越えになる可能性がある。それは避けたい。







・・・じゃあ、リタイアして帰るか?


しかし、ここから帰るとなると、もう一度ひとつ目の峠「庭田山」を越えなければならない。

つまり・・・



















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そう。帰れない。

また、進むにしても帰るにしても、結局同程度の峠を越えなければならないというのなら・・・

進むしかない。












●下りがすぐ終わり、ほどなく上りに転じることを祈りつつ・・・
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進む!!









●・・・道はぐんぐん下っていく
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いつもなら嬉しくて仕方ない下り道。

しかし、今は恐ろしくて仕方ない。

『早く・・・早く、上りになってくれ!><。』











●・・・信じられないくらい、道はぐんぐん下っていく- - ;
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ちょ、これ・・・どこまで下るんだ - - ;










●標高300mくらい下ってしまったんじゃないだろうか - -;
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さすがにおかしい。

『一体、僕はどこにいるんだ???』

ナビが道を間違っている可能性を悟り、ここでMAPを確認することに。

『もう、どこでもいいから、近江側の平地に出る道であってくれ・・・

おそるおそるXPERIAで自転車ナビタイムを開いてみる・・・と









●あれ?
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なんだこれ、もしかして県境越してるんじゃないの

あらためてじっくりMAPを確認すると、どうも先ほどの「五僧峠」は県境だったようだ。

つまり、なんらかの理由で県境の看板が無かったってことらしい。

信じがたいが、でも、マジで見当たらなかったと思う!










●念のため、標高グラフも確認してみる 

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間違いない。

ナビタイムの高度計はいつも少し遅れて高度を表示するけれど、とんがった2つ目の峠を越えていることは間違いない。そして、現在地はもうちょっと低い筈だ。

データを見るに、五僧峠は一つ目の庭田山より100m弱ほど高い峠だったらしい。

同じ高さと思い込んでいたのでやたらキツく感じてふしぎだったが、やはり「高かった」という訳だ。









●たすかった!
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この先、下って立ち寄り地によっていけばいいだけ!

圧倒的な解放感、安堵感がカラダに押し寄せてくる。









●心に余裕が出来て、気づく
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ここ・・・BROMPTONキャンプに絶好の場所じゃないか

上流に人家はひとつもないし、どういう訳か通行するクルマ・バイク・自転車とも一台もない。

・・・まあいいや、先に進もう(´ε`)~♪









●・・・おや?
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これは・・・結構な土砂崩れの痕跡

発生したのも、撤去されたのもつい最近のものの様に思える。

・・・もしかして、全然クルマも自転車も来ないのは土砂崩れで(特殊車両以外)通行できないからでは・・・・ - -;???









果たして、この先、道の一部はドロドログチャグチャだった

購入して8年、初めてBROMPTONくんが泥だらけに。

ただ、それでもなんとか突破することはできた。








道はよくない
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ところどころに岩が落ちていたりするし、ガードレールもないしで、クルマやロードバイクでここを走るのはなかなか辛い様に思う。

川はいつのまにか水が完全に消えて、伏流の状態になっている。







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しばらく下ると、再び水が流れる様になった。

子どもが喜びそうな場所だが、人もクルマも皆無。やっぱり、入ってこれない理由があるんだろう。







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高さ15mほどある大岩の下からジャブジャブと水が湧きだしている場所もあった。

なかなか面白い。

いずれこの巨岩は、背中を水で削られて道路側に倒れてくるかもしれない。









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ここまで静かな場所を走るのは本当に久しぶり。

そして、「こういうの嫌いじゃないな」と思う。









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最初の峠で見たようなロードバイクで坂道のぼる遊びとかより、マウンテンバイクでこういう道を駆け抜けてゆく旅の方が僕向きに違いない。

20インチくらいで軽くてバネが効く様な洒落たモデル、また買ってみようかな・・・







やがて・・・







●麓の集落に到着!
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集落と峠道の間にはカラーコーンが置いてあり、この集落から峠道には入れない事が示唆されていた。

岐阜県側には何もなかったけれど、滋賀県側からは入れない状態だったというわけだ。

自動車もバイクも自転車もいなかったのは、その為だったのだろう。

岐阜県側とのちぐはぐっぷりや、県境看板が無かったのは本当にふしぎだが、とにかく結構な山道を無事に突破できてホッとした(;´д`)=3ホッ









回予告

キツかったものの終わってみれば順調だった峠越え。

辿り着いた集落のすぐ下には第一立ち寄り地の大洞窟が待ち構えていた!

KOU:「ようやく探検できる!」

しかし、日本有数の大洞窟は、押し寄せる群衆で溢れていたのだった!

KOU:「これが・・・観光地かッ

経済社会の洗礼を受け精神的ダメージを受けるKOU!

果たして、田舎の観光地「河内風穴」そして一流観光地「彦根城」を探索できるのか?

そして、昨夏お盆の「琵琶湖1周ポタ」から1年、思い出の飲食店で夕餉を愉しむ事ができるのか!?



(つづく)






【おまけ】

明治期以前に存在した寺子屋。

これは現代の我々が享受している様な社会基盤を維持するための公的な教育制度ではなく、

「働くにあたって必要最低限な能力を得るために」

「よりよい暮らしをするために」

「新しい時代を生きるために」

子どもを持つ親が私費を投じて通わせた「私学」であった。

寺子屋が必要だった社会背景はどの様なものだったのか、親たちはどんな気持ちで子供たちを寺子屋に通わせたのか、そもそも寺子屋で学ぶ内容とはどの様なものだったのか。

江戸時代を生きた先人たちの教育事情が生き生きと伝わってくる論文。

『江戸時代の教育と社会変動』(井出 草平)

あなたの御先祖さまも、きっと、子供を寺子屋に通わせ、そして寺子屋で学んだに違いない。








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