●ハッ
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朝・・・か

2021年11月6日(土)05:30。

シャワーを浴び、旅の身なりを整える(*v.v)。。







●今日の行程は「塩尻~投宿先」
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道中の大きなポイントは3箇所。

①初期中山道~廃村~昔の生活道路

②鳥居峠越え

③御嶽山麓までの道(余裕あれば)



このうち①は、昨日、塩尻の歴史研究者H先生からお伺いした話で追加した「計画外の行程」。

追加キョリはたかだか5~6kmだが、廃村から先約4kmの道路状況が全く不明。

念には念を入れて、当初計画より3時間前倒しの朝6時にホテルを出発。








●「夜明け前」の出発は初めてかも
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当初計画では9時出発で「余裕」だった。

そして、当初計画のままでも「道中各所で最高の紅葉を愛でる旅(*v.v)。。」は達成できた。

RX100-Ⅵで数々の美しい写真も間違いなく撮れた。

しかし。

『未知のルートへの好奇心が、のんびり旅に収まりたい心を上回った』

おかげで「夜明け前」から走り出す事となった。

木曽路の旅という事もあり、明治生まれの文豪・島崎藤村の顔がふっと思い浮かぶ。








●晩秋の景色が胸に沁みる
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辺り一面に霜が降りた光景、実家・岩手の晩秋の朝を思い出す。

実家のあたりは10月半ばには初霜がおりて、まさに今頃11月の第1週くらいまでに初雪が降ったハズだ。








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実家で過ごした日常の光景って、いつまでも忘れないもんだな。

家を出た後の人生の朝の景色なんて何一つ覚えていないのに、霜柱を踏みつけた何十年も前の感触は、つい3分前の出来事の様に思い出せるではないか。








●ハッ
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ぶどう畑の風景に突入したところで、一気に2021年の塩尻に引き戻される。

夜明け前、文字通り夢でも見ていたかの様な、ほんのひとときのトワイライトポタ。

『・・・まあ、悪くない気分だ







●「夜明け」
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中山道31番目の洗馬宿(セバジュク)、同じく32番目の本山宿(モトヤマジュク)を越えて南へと下るに従い、左右の山並みが次第に狭まってきた。

往く手に現れた山の稜線に、赤色の日差しが広がってゆく。

カラダの感覚が、節々まで覚醒していくような気分。

『グンモーニン キソジ









●全長およそ90km「木曽路」のはじまり
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「すばらしい景色!」

島崎藤村は故郷・馬籠の講演会で「血のつながるふるさと 心につながるふるさと 言葉につながるふるさと」と語った。

同時代・明治を生きた僕の郷里出身の作家・石川啄木や宮沢賢治も、故郷をテーマにした作品をたくさん遺している。

今の時代より、言葉も風景も何もかも、あらゆるものが地域性に満ち溢れていたから、世の中を知れば知るほど、多くの人が自分の故郷に思い入れを持った。

世の中の均質化が進んだ現在ではそうもいかないだろう。

大都市のベッドタウン、いわゆる分譲住宅地、あるいはタワマンで子供時代を過ごした方たちが、自分の「故郷」に対してどういう様な感情(思い入れ)を持つのか僕には全く想像もつかない。

一方で、僕にとって岩手の田舎町が自慢の故郷であるのと同じ様に、木曽地域出身の人にとって木曽が自慢の故郷であろう事は、容易に想像がつく




時刻は07:16。

期待を胸に、初体験の初期中山道に突入だ!











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木曽路2021・秋
(2)

「廃村を越えてゆけ」篇












●木曽路ポタテーマ曲(*v.v)。。 NOMADIC NATION 2「Esperanza LONG」(KONAMI 2014)










●うっ
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「初期中山道」は上りからスタート








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●素晴らしい道だ
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出だしからそれなりの傾斜が続き、一気に高度を上げていく。

でも、「何故かそこまでキツく感じない

国道19号のクルマの走行音はすぐに聞こえなくなり、深い緑に包まれる。









●「初期中山道」

初期中山道ルート

慶長7年(1602)に整備が始まった中山道。

現在の「塩尻経由ルート」は元和2年(1616)の成立で、それ以前は伊那谷にある三州街道の宿場・小野宿を経由して諏訪に抜けるルートだった。









●それがこの道
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ちなみに、伊那谷と木曽谷を結ぶ道は現代でも少なく、重要な道だ。

長らく未舗装だったのが、近年舗装になったという。








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●07:35、分かれ道に到達
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H先生が仰っていた「廃村への分岐点」だ。









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聞いてた「道標」かと思ったが、観音さまだった。








●方向は教えてもらっていたので問題ない
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ここから先は未舗装路で、「それなりの傾斜」は続く。








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●いい道だ
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全然キツくないのは「相当の探求心(好奇心)を持って走っているから」かも知れない。

それと、周囲の環境の素晴らしさ!









●ご覧の通り、未舗装の結構な坂道なんだよ!
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勿論、押し歩きもしているけれどね。

・・・と、上から「何かの走行音」が聞こえてきた。









●「うおっ
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丸太満載のトラック







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古来より木曽は林業を生業としてきた地域。

木の切り出し方や輸送方法は変わったが、現在でも林業は盛んだ。

しかも今、コロナで格安外材が輸入が途絶えた為、息を吹き返しているという。

素晴らしいと思う。

※森林組合さんの邪魔になるので、廃村見学などに車で乗り入れるのはやめよう。








●08:23
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さすがに汗をかき始めた頃、森の中に何か見えてきた








●廃屋だった
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H先生が仰っていた「廃村」に到着した模様だ。








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公私問わず「山奥」に行く事が多い為、廃屋は見慣れているつもりだけど、なかなかの壊れっぷり。

まあ、ここの環境だと、住人が去った後で多くの野生生物に”活用”されるのは当然だ。

空き家とは言えど個人宅に勝手に入る気にはならないので、外からちょっと覗いてみる。








●あれ?
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家族の写真か・・・?

こういう扱いは、ちょっと珍しいような・・・。










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その近くに91年のダイアリー。

何故か、最近、誰かがめくったような跡がある。

まさかクマやタヌキがめくったわけでもあるまい。

僕はとても見る気にならず、そのままに。








●崩れた縁側に朝日が差し込んできた
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住人がいる時も、いなくなってからも、何度も何度も繰り返されている光景だ。

今日は僕がいて、クマやリスがいる日もあろう。

あるいは、ダイアリーをめくった様な者が来ることもあるんだろう。

いずれ新しい住人がここに住み着いて朝日を迎える事も、無いとも限らない。








●少し先に進むと、道の脇にふしぎな物体
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なんだこれは・・・







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離れて見ても判らない。

藁を干すための設備だろうか・・・???








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その近くに倒れている古びた街灯。

支柱はかなり細い木材。

僕が子供の頃の田舎には丸太の電柱がまだ残っていたが、こんなに細くはなかった。

もしかして、僕が生まれる頃よりさらに昔の設備かも。









●現役時代はこんな感じだったろう
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虫や、フクロウの鳴き声の中で、青白い光でうすぼんやりと未舗装の道を照らしていた筈だ。

・・・と、道が舗装路(かなり貧弱だけど)になったのに気付く。

もしかして、昔の村の中心部が近い?









●その先に「立寄地」が
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H先生に見せてもらった写真の場所に到着!

BROMPTONくん、ちょっと待っててくれ







●小学校跡
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木造平屋のかわいらしい小学校だ

校舎のサイズから考えると、最初から最後まで複式学級(生徒数が少ない故に複数学年で1クラスを編成)だった事だろう。








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やはり勝手に入る気にもならず、外から覗き見てみる。

廃校となった後に地元の人が荷物置き場として使っていたみたい。

それも、集落全体も廃止になってからかなり経過していそうだし、もはや朽ちるしかない。










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小学校のすぐ近くには、2棟のサイロがある。

小学校の前にはきっと小さな校庭があって、その前には田んぼがあったのかも。

木曽谷では、日が当たる平地はことごとく「水田」として利用されたと聞いている。









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立派なサイロだ。

その背後には白樺らしき林が広がっており、どうやら標高1,000mを越えている事が判る。

『ここに通うのは大変だったろうな』

H先生によると、数キロ下方の贄川宿からこの小学校まで、児童が歩いて通学していたという。








●木曽路の歴史をまたひとつ堪能した
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静寂に包まれて佇むBROMPTONくんのもとに戻る。




この廃村については、今回記事で掲載していないエピソードや写真がいくつかある。

実は、僕にとって廃墟はオマケに過ぎず、関心があったのは「村のエピソード」や「載せていないモノ」の方だ。

それらについては、後日、H先生や地元の方に写真をお見せしたり、お話を伺って整理した上で、記事に出来るようであれば記事にしてみたい。








●時刻は08:53
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早朝出発が奏功して、今のところ行程は順調

この後もこのレベルの道が続くなら・・・!

立ち寄り地への時間は予想より大幅に早そう!

・贄川宿(約4km先)→9時半迄の到着確定

・鳥居峠(遊歩道)→12時半迄の登頂確定

・福島宿 →14時半迄の到着確定

御嶽山麓標高1,400m峠越えを目指す「オプショナルポタ」も十分可能なペース





『これ、なんかちょっと、ブロンプトンマイスターっぽい旅に近づけてきたんじゃないの・・・?』

それは、「知的好奇心」「エンタメ要素」を組み込みながら「高い走行目標」を達成する旅(*v.v)。。。

今日の行程を無事成し遂げれば、(たかだか1日ではあるけど)ほぼ俺さんレベルじゃん

晩酌後、スマホ版kindleで何かDLして教養を深めればコンプリート

そうだな・・・島崎藤村の「夜明け前」でも読むとしよう。







●序盤のクエストを華麗にクリアして調子に乗るKOU!

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「運命の分かれ道」がこの先数百mに迫っている事を知らないのであった!




(つづく)





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