豫園の出口にさしかかった時にはもう20:00を回っていた。予定、狂いまくり。

『せめて今日は川向こうの浦東(超高層ビル街)から外灘の夜景を眺めるくらいはしないと。』

そう思いながら、豫園から一歩踏み出したところ、

30歳になるかならないかくらいに見える女性に声をかけられた。

上海に来てからもう何回も商人に呼び止められているのだが、そういう様子ではない。

彼女は「Excuse me」と流暢な英語で話しかけてきた。

日本国内だったら絶対に相手にしないんだけど、旅先だと耳を傾けてしまう。

不思議だ・・・。















彼女の英語は僕にとって比較的聞き取りやすいものだった。

彼女が言った事を要約すると、

「南京に帰りたいのだがノーマネーで帰れない。お金をくれないか」という事だった。

「は?」

僕は大げさにクビを振った。「やだよ」

「すごく困っているんです。お金を頂けませんか?」

「断る。別の人に頼んでください」

「貴方はどこから来たのですか?」

「日本だよ。これからプードン(浦東)に行かなくちゃ行けないんだ。さいなら」

僕は足早に去った。

しかし、彼女はしつこくついてくる。

『何で僕なんだ』と急ぐんだけど、振り切れない。

「南京から上海に仕事を探しにやって来たのですが、就職に失敗してお金を使い切ってしまったのです」

彼女はそう言ってから「南京までの電車代200元を頂けませんか?」ときいてきた。

200元。

日本円にして2600円くらい。

はっきり言って大した金額ではないし、彼女が言ってる事が本当ならば、

夜の街で困ってる女の子に対してくれてやっても全然構わない金額ではある。

しかし、中国の人にとってはマックで20時間働かないと稼げないお金だ。

王小姐みたいなコが一生懸命2日間働いて稼ぐお金をそんなに簡単にあげる気にはならない。











「南京の家族に電話かけて迎えに来てもらえばいいじゃない。あるいは友達とか」

その言葉に彼女は反応しなかった。

僕の英語が通じなかったのか、意図的に無視したのかは判断つかなかった。

結局、根負けした僕は200元を彼女にあげた。

急がないと浦東に行っても外灘の夜景タイムが終わってしまう。

「じゃ」

僕はそれで去ったのだが、しばらく歩いて、ふと気配を感じて振り返ると、彼女はまだついてきていた。

「うわ!」背筋が冷たくなった。

「南京に行く寝台列車がもう終わってて、どこかに泊まらなければならない。60元下さい」

「は??????」






そこからが大変だった。

60元なんて僕にとって大した金額じゃない。

しかし、そんなに簡単にあげる気にはならないんだよ。

さらに彼女はおなかが減って何か食べたいと言って来た。

結構早く歩いているんだけど、やっぱり振り切れない。

このままだとホテルまで着いてこられそうだし、

付きまとわれているうちに変な流れに誘導でもされたらおっかないので、

マックでご飯をおごり、それで解放してもらおうと思った。





中国のマックのオーダーで僕のチャイ語は通用しそうもなかったので、

彼女に僕のメニューも注文してもらう事にして、席を取りに行った。

とほほ・・・何やってんだろ。

何で中国に来てまでマックなんだよ--;

そう思いながら、老師に電話をかけて今の事情を話して「どう思います?」と訊ねた。

「ああ、それは関わらない方がいいですよ~。今、そういう詐欺が流行ってるっていいますから」

「なるほどね」

「話しかけられても応えちゃダメですよ。っていうか、今、一緒にいるんですか?」

「はい。マックに来てます」

話をしているうちに彼女が席にやってきた。

「話している間とかも、自分のバッグとかに気をつけた方がいいですよ」

「なるほど、よく判りました」





電話を切ると、彼女は僕がどこにかけたのか気になったようだった。

「警察じゃないよ。上海の友達。僕の老師」

彼女はそれを聞いて、無表情で頷いていた。

「・・・ってか、僕のメニューは?」日本語で言ったので意味は通じないハズなんだが、

言ってる事は判ったらしい。

どうやら、僕が自分の分も注文して欲しかった事を理解してなかったらしい。

やっぱり僕の英語は50%程度しか通じないようだ。

ここからはノートを取り出して、彼女とも筆談してみた。

やはり「お」と言う少し驚いた様な表情を見せた。

僕はさっきの電話が老師との電話であった事と『老師が言うには君は詐欺師じゃないのかってさ』と伝えた。

彼女は少し困った様な顔を浮かべていたが、そう思われても仕方がないというような表情にも見て取れる。

『上海に来て無一文になっちゃうなんて、計画性が無さ過ぎるだろう。一体、いくらお金を持って出てきたの?』

『800元を持って南京から出てきた。それで1週間頑張ったのだけれど、仕事が見つからず、

お金が尽きてしまった』

800元…12000円で出てきたのか。

上海市の月間平均月収は54,000円。ちょっと手持ちが少なすぎだよな。

ってか、帰り道だけで200元かかるのに、どう考えたって足りないだろう。

ただ、複雑な気持ちにもなった。

それは、僕が日本から持って来た現金が約9000元だったからだ。

(話が事実だとしたなら)1週間一生懸命仕事探しした彼女の予算の10倍以上の金を、

たった3日間の遊びの為に持ってきているところにギャップを感じたから。











『君がさっき言っていた事は本当なのか?』

『さっき言っていた事とは?』

『上海に仕事探しに来て、お金を使い切ってしまったという事。つまり詐欺師じゃないって事』

『真実だよ』

表情とか風貌を見る限り、真実に思えた。

あれだけ英語がしゃべれても仕事が見つからないなんて、上海の競争も厳しいんだろうなとか

思うようにもなっていた。

と、いうか、もう、詐欺師であろうが無かろうが、どっちでもいいと思っていた。

ブログの話題がひとつ出来たから・・・。

その事を彼女に伝えると、不思議そうな表情を見せた後、苦笑いしていた。初めて見せた笑顔だ。

















『最後に聞きたいんだけど、君は本当にあと60元必要なのか?』

『あなたが厚意をかけてくれるならば、私は当然頂きたい。

でも、仮に厚意をかけてくれなかったとしても、もう、これ以上迷惑をかける事はしない』

彼女はくだけた簡体字でそう書いた。

「好的」(わかった)

僕は彼女に60元渡した。

「謝謝你」

さっき200元渡した時の5倍くらいの気持ちを込めて、彼女が感謝してくれた様な気がした。

『どのホテルに泊まってるの?』

『外灘のホテルだよ』僕はぼやかして答えて立ち上がった。

「加油」(がんばってね)

まだハンバーガーを食べている彼女と握手を交わして、大通りに出る。










浦東からの夜景、まだ諦めてはいないけど、ちょっと時間的にきつそう。

どうも今回の旅行は色々な出来事で思惑通りに進まない。

でも、結構楽しいよ、上海^0^