●2020の正月休みは疲れが酷くて帰省出来なかった
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28日から休みだったので、29日まで名古屋でゆっくり休んで30日から帰省しようと思っていたが、

11月からほとんど休みなしで働き続けてきたダメージか、

体調も悪けりゃ考え事するのも億劫で、廃人の如く過ごしていた。

結局、正月休みは帰省せずに終わったが、2年連続で正月に戻らないのはあまりに親不孝というもの。









●なので、翌週末三連休に帰省した(記事執筆現在、岩手にいる)
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いやあ、ホント、毎年急激に雪が少なくなっていくね。

そして、雨が多い。

少なくとも25年前、僕がここで暮らしていた頃は冬に雨が降るなんて絶対に無かったのに、

10年ほど前に帰省した時、初めて冬の降雨を経験して驚き、

その後、冬に帰省する時、3回に1~2回は雨に遭遇する様になった。

今回も、土曜日の16時頃に到着した花巻空港も雨。

15年前であれば、もさもさと雪が降っていただろう。

そして、この時期の夜であれば、

僕が暮らしてた頃は温かい夜でもマイナス5度、大体はマイナス7~10度くらいだったのに、

今朝などは0度と、何年か前名古屋近くの木曽三川公園での年越しキャンプと同じ気温という、

信じられないほどのあったかさ。

25年前の仙台(ウチから160kmほど南)よりあったかくなってるんじゃないだろうか。

世の中がチェーン店だらけになり、どこの地域に行っても似た様なロードサイド店だらけ、

大量生産の家だらけになった上に、

その土地土地の季節感まで無くなっていくようであれば、

『日本全国どこの地域旅するのも、いよいよつまらなくなっていぐんだべか』なんて思ったりもする。

そういや豪雪の景色期待して、わざわざ2月の越前大野行った時も雨降りでがっかりしたしな。

雪かきの大変さ、水道管の凍結、しもやけその他もろもろ無くなっていくのもいいと思うんだけど・・・

いいことなんだけど、なんかなあ。











●とはいえ、実家はやっぱりのんびりできていい
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ウチの親は2人とも元気でいてくれるから、それが何よりありがたい(*v.v)。。

いつもの様に寿司屋に連れ出して、地元の肴を味わいつつ、のんびりお酒を愉しむ。

2019年の秋、両親は初めて夫婦で海外旅行で台湾に行ってきて、たいそう楽しかったようだ。

両親には僕もちょこちょこ国内の旅行をプレゼントしているけれど、

元気で出歩けるうちは、やっぱりどんどんあちこちを旅してもらって、

楽しみのある生活を送ってほしいもの。

今年もまたささやかながら太平洋フェリー使った旅を提供するか、

それとも、僕の方から何か両親に喜んでもらえる様なカタチで東北遊びに行って旅行に連れ出すか、

そんな事をしていきたい。








●食事の中で紅白の話題が出て、AI美空ひばりの「あれから」の話になった

僕はさすがに美空ひばりを聴いてきた世代ではないのでこれまで全く関心なかったのだが、

寝込んだ状態で何十年かぶりに仕方なく見ていた「紅白」の中で、唯一心動かされた歌がコレだった。

まあ、この曲の事はしばらく前にやってたNHKの特番で2回聞いて「いいな」と思ってたのだけど、

紅白で聞いて、改めて「いいな」と思って、moraでDLしたのだった。

母親はこの曲の存在を知っていたが「機械の声など聴きたくない」と聴いていなかったらしいので、

XPERIAで再生して聴かせてみた。

母:「え、美空ひばり本人の声じゃん

KOU:「まあ、本人の声といえば本人の声なんだけどね、本人の声色で機械が発声しているというか」

母:「つまり、昔本人が歌っていた曲なんでしょ?」

KOU:「いやいや、全くの新曲を、本人の声色で機械に歌わせているということ」

母:「ひゃあ、すごい時代だねえ



ただ、まあ、美空ひばりを知らない僕だから、本人が歌っていないこの曲にでも、

『素晴らしい歌詞と歌声だなあ!』と感動しちゃったりするけれど、

本人をよく知っている母親の世代だと、

美空ひばりの素晴らしい声を模倣した音声で作られた音楽には複雑な思いじゃないかなあ、とも思う。

僕にしてみても「ボーカロイドが歌っている歌に感動してカネを払う」という画期的な出来事ではあったけど、

よくよく考えてみれば「美空ひばりという昭和を代表する歌手の唄声」というバックボーンを踏まえて

あの曲を聴いて、感動したというストーリーが成立しているわけで、

そういうストーリーが成立しないボーカロイドの音楽にカネを払うかと言われれば、

やっぱり、共にヒトとして生きている人の唄声にこそ価値を感じやすい・・・というのが自然の様にも思う。




温暖化もAIも、進行していくのは止まらんだろう。

それによって、人はより暮らしやすくなる側面もあるだろうけれど、

自然環境と共に暮らしていた、ある意味「判りやすい時代」からはどんどん遠ざかっていくんだろう。

いずれ、人は死も克服するとも思う。

でも、人の生活は「一見直感的だけど、実は非常にややこしいシステム」無しでは到底成り立たない、

非常にめんどくさい社会になっているんじゃないだろうか。

そんな事を考えると、父や母が生きた昭和前半から、

その子供である僕らくらいが生きるであろう令和時代直後あたりくらいまでが

「一番幸せな時代」なんじゃないかなあ、と思ったりする。





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